礼拝説教要約「キリストの香りに生きる」(2026/6/28)を掲載しました
担当 佐藤 潤 伝道師
■聖書箇所(聖書協会共同訳)
エフェソの信徒への手紙 5章1~5節 出エジプト記 29章15~18節
「キリストの香りに生きる」とは「神に倣う者」として「愛の内に歩む」こと。その模範は、私たちを愛し、ご自身を「神への宥めの香りの献げ物」として十字架に献げられたキリストである。「キリストの香り」とは、キリストの自己犠牲の愛が神に受け入れられ喜ばれた「香ばしい香り」である。私たちも神に愛された子どもとして、この愛に応えて生きるよう招かれている。それは救われた者の感謝の応答である。
しかし、私たちは自分の力でそのような歩みを実現できない。日々の生活では人間関係や苦しみの中で、自己中心的になってしまう現実がある。だからこそ覚えるべき大切なことは、香りの源は私たちではなくキリストご自身であるということ。キリストの恵みにとどまり、聖霊によって新しくされつつ歩んでいく。
そのため不適切な言葉や貪欲を戒めている。これらは自己中心的な欲望に支配された「古い人」の生き方であり、教会を腐敗させるから。特に貪欲は、自分の欲望を神に代えてしまう「偶像礼拝」であり、神の国を受け継ぐことはできない。その代わりに勧められているのが「感謝」。感謝は、「まだ足りない」という欲望ではなく、「キリストにおいてすでに全てが与えられている」という恵みの事実に立つこと。その充足感が、貪欲を退け、互いに赦し合い愛し合う歩みを生み出していく。
「キリストの香りに生きる」その歩みは、教会だけでなく、家庭や職場、学校など日常生活のあらゆる場で現れる。自分の力で香りを放つのではない。キリストの十字架の愛に支えられ、聖霊によって新しくされながら、感謝と赦し、自己犠牲の愛をもって歩むことによってキリストの香りが自然に滲み出てくるもの。私たちは、キリストの恵みに感謝しつつ、互いに赦し合いながら隣人に仕え、日々キリストの香りに生き、主イエス・キリストを証ししていく者とされている。

