礼拝説教要約「霊による命」(2026/5/24)を掲載しました 

担当   熊江 秀一 牧師

■聖書箇所(聖書協会共同訳)
  
  ローマの信徒への手紙 8章1~11節  詩編 23章1~6節 

 ペンテコステにローマ書の最高峰である8章が与えられた。パウロは「今や、キリスト・イエスにある者は罪に定められることはありません」と喜びの叫びをあげ、罪と死からの解放を宣言する。

 「キリストにある者」(新共同訳聖書「キリストに結ばれている者」)は「エン・クリストー」(直訳・キリストの中にある者)である。教会はこの言葉にキリストとの「合一」や「応答」を見てきた。

「肉により弱くなっていたために」不可能だった人間の救いを、キリストが十字架によって実現し、罪と死から解放して下さった。「エン・クリストー」には一方的な神の恵みの御業がある。

そしてそのために大切なのは聖霊である。私たちは聖霊によってキリストにあり、結ばれた者とされる。

パウロは「肉の思い」と「霊の思い」の二つの生き方があると告げる。肉の思いは「自分と自分のものを求める心」(ルター)。それはむさぼりであり、その行きつくところは死である。

霊の思いは、神の律法に従うことである。それは「御名をあがめさせたえ」という祈りに集約される。その行きつくところは命と平和である。聖霊によってキリストにあり、結ばれた者となることに、私たちの命と平和がある。

 そしてそれは死も乗り越える復活の希望である。死に打ち勝ったキリストがわが内におられる。だから死はもはや死ではない。この私が、聖霊によって、キリストの命につながるのである。

 パウロは私たちに迫る。肉の思いと霊の思いのどちらを歩むのか。肉に思いに生きるのではなく、罪と死からあなたを解放したキリストの命の霊の法則に従って歩めと告げる。私たちは聖霊に導かれ、キリストにある者として、その恵みに応答して生きるように招かれている。この命の道を歩もう。

 



  



 

  

 

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