礼拝説教要約「互いに赦し合う」(2026/5/31)を掲載しました 

担当   佐藤 潤 伝道師

■聖書箇所(聖書協会共同訳)
  
  エフェソの信徒への手紙 4章25~32節  イザヤ書 63章7~10節 

 洗礼を授かり「古い人を脱ぎ捨て、新しい人を着た」キリスト者の生き方を具体的に教えている。その中心にあるのが「互いに赦し合いなさい」という勧めである。これは人生の知恵や教訓ではなく、キリストによって新しく造られた者の生き方そのものである。

まず「偽りを捨てて真実を語りなさい」と勧められている。真実とは事実の伝達ではなく、キリストにおいて示された神の救いの真理に生きること。なぜなら私たちは互いにキリストの体の一部であり、偽りは教会の一致を損なうからである。

次に、怒りを抱き続けてはならないと教えている。怒りを放置することは悪魔に付け入る隙を与え、教会を破壊する原因となるから。また、盗みをやめて働き、自らの手で得たものを必要としている人に分け与えるよう勧められている。人を傷つける言葉ではなく、聞く人を励まし、教会を建て上げる言葉を語ることが求められている。

さらに「恨み、憤り、怒り、わめき、冒涜、一切の悪意と共に捨て去りなさい」と勧められている。聖霊なる神を悲しませるからである。相手を赦すことができるのは、「神がキリストにおいてあなたがたを赦してくださった」から。神に赦していただいている事実、キリストの十字架の死を知ることによって、神から受けた赦しと恵みに応えて、親切で憐れみ深い者に変えられる。互いに神に赦されているからこそ、互いに赦し合う事ができる。

「互いに赦し合う」という愛の交わりは、キリストの体である教会においてこそ実現する。教会の交わりの中で互いに恵みを分かち合いつつ生きるという私たちの信仰生活そのものである。聖霊なる神と共に喜びを味わい、終わりの日に至るまで主の教会を共に建て上げ、神の栄光を現していくのである。

 



  



 

  

 

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です