礼拝説教要約「新しい人を着る」(2026/4/26)を掲載しました
担当 佐藤 潤 伝道師
■聖書箇所(聖書協会共同訳)
エフェソの信徒への手紙 4章17~24節 創世記 1章26~31節
私たちは日常生活の中で、新年や進学、就職、結婚などを通して「新しい生活」を始める。しかし、どれほど新しい決意をしても、しばらくすると元の生活に戻ってしまうことがある。信仰生活においても、「本当に変えられているのだろうか」と感じることがある。
洗礼を受けたキリスト者は、もはや以前の異邦人のように歩んではならないと語られている。神を知らずに生きる人間は、神との関係を失っているために知性が暗くなり、自分の欲望に支配される。しかしキリスト者は、「そのようにキリストに学んだのではない」と言われる。
ここで重要なのは、「キリストを学ぶ」ということ。それは単に教えを学ぶことではなく、キリストと結ばれ、その交わりの中で新しく造り変えられていく、主イエスの十字架と復活に示された真理によって、心も生き方も変えられていくことである。
そのため、真のキリストの知識は、古い欲望に支配された生き方を脱ぎ捨て、「新しい人」として新しい命に生きる生活へと導く。「新しい人を着る」とは、洗礼によって与えられた新しいアイデンティティに生きること。それは神が私たちを新しく創造してくださる恵みのみ業である。ここには、罪によって損なわれた「神のかたち」が、キリストにあって回復されるという希望がある。
この新しい歩みを支えるのが、「心の霊において新たにされる」という聖霊の働きである。心が聖霊によって日々新しくされることで、私たちは欲望の支配から解放され、神を愛し、人を愛して生きる者へと変えられる。 この歩みは一人で行うものではない。教会というキリストの体の中で、兄弟姉妹と共に支え合い、愛の内に成長していく歩みである。私たちは「内なる人を強めてください」と祈りつつ、聖霊によって絶えず新しくされ、神のかたちを現す「新しい人」として歩み続けていくのである。

