礼拝説教要約「信仰とは」(信仰告白①)(2026/11/1)を掲載しました 

担当   熊江 秀一 牧師

■聖書箇所(聖書協会共同訳)
  
   申命記 8章2~3節 ヘブライ人への手紙 1章1~3節   

 日本基督教団は1941年に日本のプロテスタント教会30余派が合同して誕生した。教会合同は日本の教会の長年の祈りであった。しかし戦時下の国の宗教統制の下での誕生であり、信仰告白もなかった。その教団が、戦後、神の前に悔い改め、共に歩めたのは日本基督教団信仰告白(1954年)による。

信仰告白は「これが私たちの信仰です」との内容を教会内外に示す。教団はこの信仰告白によって教派を越え、一つの教会となった。

この信仰告白は聖書から生まれた。だから聖書を越えるものではない。しかし信仰告白によって教会は聖書を正しく読み、神の言葉として聞くことができる。

荒れ野の旅を終え、約束の地を目前にしたイスラエルの民に、神はこの旅を導いたのは何かと問う。そして「人はパンだけで生きるのではなく、主の口から出るすべての言葉によって生きる」と語った。私たちもそうである。そのために私たちは信仰告白をしつつ神の言葉を聞き続ける。

この御言葉は主イエスである。主こそが人となれれた神の言葉であり、永遠の命を与える「命のパン」である。

旧約の時代、神は預言者によって語った。しかし今、神は御子イエスによって語られる。

私たちはこの主イエスと聖書を通して出会うことができる。さらに説教と聖礼典、それが執り行われる教会において出会うことができる。

初代教会の洗礼式の際「イエスを主と信じるか」「神がイエスを死者の中から復活させられたと信じるか」という問いがあった。それに対して「イエスは主である」「十字架で死なれた主は神によって復活させられた」と告白して洗礼が授けられた。こうして信仰告白が生み出されていった。信仰告白は教会の旗印である。

私たちも信仰告白を告白し、この国で一つになって、主を礼拝し、福音宣教に仕えよう。
 

 



  



 

  

 

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