礼拝説教要約「互いに従う」(2026/8/23)を掲載しました 

担当   佐藤 潤 伝道師

■聖書箇所(聖書協会共同訳)
  
  エフェソの信徒への手紙 5章21~33節  創世記 2章15~25節 

 「互いに従いなさい」と勧められている。この勧めは、キリストによって与えられている救いの事実が土台にある。キリスト者は、神の恵みによって選ばれ、キリストの十字架によって罪赦され、神の子とされ、キリストの体である教会に結ばれている。この救いの恵みに応えて歩む信仰生活が、「キリストに対して畏れをもって、互いに従う」という新しい生き方である。

当時の社会では、夫から妻、親から子、主人から奴隷という支配関係が当然とされていた。しかしこの手紙では、まず妻、子、奴隷に語り、その後に夫、親、主人の責任を語る。これは従来の支配関係を問い直し、キリストにあって「互いに従う」新しい人間関係を示している。

夫婦関係は、「キリストは頭であり、教会はキリストの体である」という一体性に基づいている。夫の「頭」としての役割は支配ではない。キリストが教会を愛し、ご自身を献げ、養い、守られるように、夫も妻のために自分を献げ、妻が神の前に豊かに生きることを願う責任を負う。一方、妻が夫に従うことも強制的な服従ではなく、教会がキリストの愛を信頼して従うように、キリストへの信仰に基づく応答である。

創世記の「二人は一体となる」という言葉は、夫婦の結びつきではなく、「キリストと教会」の一致という神の「偉大なる秘義」を指し示している。結婚は、単なる二人の幸福のためだけではなく、「キリストと教会の一致」をこの世に目に見える形で証しする場である。

現代社会の夫婦関係は対等な関係が重視されている。しかし、「自己責任」によって苦しみを一人で抱え込む危険もある。キリスト者の夫婦は、「自己責任」ではなく「キリストへの信仰」を土台として、互いに愛し、従う者とされている。夫婦が互いに愛し、忍耐して従う生活そのものが、「キリストと教会」の一致という神の国の福音を証しする信仰生活となる。
 

 



  



 

  

 

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