礼拝説教要約「あなたがたに平和があるように」(2026/4/12)を掲載しました 

担当   熊江 秀一 牧師

■聖書箇所(聖書協会共同訳)
  
  ヨハネによる福音書 20章19~23節  創世記 2章4b~8節 

 ヨハネ福音書の復活物語、第二幕が与えられた。この箇所はヨハネのペンテコステとも呼ばれる。「週の初めの日の夕方」弟子たちはユダヤ人を恐れて、家の戸にみな鍵をかけていた。彼らは主の復活の知らせを受け入れることができず、恐れていた。彼らは家の戸に鍵をかけたように心を閉ざしていた。その姿は私たちの姿でもある。

しかしそこへ復活の主は来て、弟子の真ん中に立った。硬く閉ざされた心のただ中にも来て、真ん中に立ち「あなたがたに平和があるように」(シャローム)と告げた。これは挨拶と共に神の平和と平安の宣言である。さらに復活の主は「手とわき腹をお見せになり」ご自分をさらけ出す。その主の愛によって閉ざされた弟子たちの心は開かれ、「主を見て喜んだ」。重ねて主は彼らにシャロームと告げる。

二度のシャロームと共に示された復活の主の愛によって、弟子の心は開かれ喜びに満たされた。復活の主は私たちの真ん中に立って、私たちの心を開き、シャロームを与える。

そして復活の主は弟子に使命を与え、遣わす。彼らは主の働きを継承する者として遣わされる。しかも遣わされた先に主はおられる。宣教「ミッション」は「派遣された」という意味である。教会に連なる者は主の「ミッション」に派遣される。その先頭に主がおられる。

そしてその時、復活の主は彼らに聖霊を与える。主の弟子は聖霊を受け、新しい者とされて派遣される。

さらに復活の主は教会と弟子に与えた権能を明らかにする。それは主の名による「罪の赦し」である。プロテスタント教会においては信徒もその権能が与えられる。私たちは執り成しと罪の赦しに生きる群れである。復活の主のシャロームの中、聖霊を受け、主の使命に遣わされよう。

 



  



 

  

 

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