新しい掟(2019/09/08 熊江秀一牧師)

「新しい掟」レビ記19章13節~19節a/ヨハネによる福音書13章31節~35節

熊江 秀一牧師

今日、主イエスによる「新しい掟」として「互いに愛し合いなさい」との御言葉が与えられた。この掟を前に私たちはたじろぐ。それは主の弟子も同様である。この箇所の前後はユダの裏切りの予告であり、ペトロの離反の予告である。主は弟子が愛乏しい現実をよく知った上でこの掟を宣言された。

この掟には「互いに愛し合いなさい」と同じ位、いやそれ以上に大切な言葉が語られている。「私があなたがたを愛したように」である。この愛の教えの源は、主イエスが私たちを愛して下さったことである。この主の愛の中で互いに愛し合うことが宣言されている。

主はこれを「新しい掟」と呼んだ。これに対する古い掟は律法の「自分自身を愛するように隣人を愛しなさい」に集約される。イスラエルはこの古い掟に生きることができなかった。しかし神の民が守れなかった古い掟を、主はここで新しい掟として与えた。

主の愛こそがこの掟の新しさである。古い掟の「自分自身を愛するように」は自己愛であり、自分の内側から作り出す愛である。しかしそんな人間の愛によって隣人愛に生きようとしても、それは一時的で長続きせず、すぐに枯れ果ててしまう。

しかし主イエスは今や主の愛から始まる新しい愛の掟を私たちに与えた。そこから私たちの愛の歩みが始まる。

この新しい掟は主が最後の晩餐の席の、洗足の後に語られた。私たちは主に洗っていただき、主の十字架の愛を受けることが大切である。それが主の弟子の最も大切なことである。教会は十字架の愛に満たされて、互いに愛し合う群れである。互いに愛し合うことによって主の弟子であることが明らかになる。新しい掟に生きる群れとして歩もう。

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