我が主、我が神(2019/05/26 熊江秀一牧師)

「我が主、我が神」詩編39編3節~10節/ヘブライ人への手紙11章13節~16節

熊江 秀一牧師

永眠者記念礼拝にあたってヘブライ人への手紙11章が与えられた。この箇所はアベルを初めとする一人一人の信仰の先達が思い起こされている。そして今日の13節で先達たちの信仰の人生がまとめられ「この人たちは皆、信仰を抱いて死にました」と告げられるのである。

「信仰を抱いて死ぬ」。それは、先達が信仰をしっかりと抱きしめて天に帰っていったということである。私たちはこの地上でどんなにたくさんのものを得たとしても、それを持って天に行くことはできない。しかし、ただ一つだけ、死に際して持って行くことができるものがある。それが「信仰」である。私たちはすべてを失っても、キリストの救いと命の信仰を抱きしめて死を迎える。それは大きな希望である。

さらにこの「信仰を抱いて」には、「in faith(信仰の中で)」というイミもある。先達たちは皆、信仰の中で、キリストの復活の信仰の中で死を迎えたのである。

これらのことを言い換えれば、私たちの死は死で終わらないということである。死とは終わりではない。むしろ死を超えて天の故郷に旅立つことである。

信仰者とは、神が準備された帰るべき故郷があることを知っていて、この世を旅する者である。信仰の目をもって天の故郷をはるかに仰ぎ見て喜び、この天の故郷を目指して旅の生涯を送るのである。

「この人たちは皆、信仰を抱いて死にました」。信仰を抱いて死を迎えた先達たちは今や、天の故郷に帰られ、神が準備してくださった都で、神の命の中にあることを心に留め、主を賛美しよう。そして私たちもこの先達に習って、天の故郷を仰ぎ見つつ、この世の旅を主に導かれて歩んでいこう。命の神である主イエス・キリストに感謝を捧げよう。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です