光の子となるために(2019/07/07 熊江秀一牧師)

「光の子となるために」詩編27編1節~6節/ヨハネによる福音書12章27節~36節

熊江 秀一牧師

ヨハネ福音書の中の“ゲッセマネの祈り”とも呼ばれる箇所が与えられた。ヨハネにはこの出来事は記されていない。しかし主は同じように十字架の苦難を思い、祈りの格闘をされた。「父よ、御名の栄光を現して下さい」。

この祈りに父なる神が答えられた。「私は栄光を現そう」。主イエスは、十字架によって栄光を現そうとの神の言葉によって十字架の使命を歩み出された。

そして主イエスは十字架の恵みを人々に語り始める。

「今こそ、この世が裁かれる時」。これは主の到来によって光と闇が分けられ、世の闇の勢力が追放されることである。その決定的な出来事が「主イエスが地上から上げられる」時だと告げる。これは主が十字架に上げられる時である。その時、主はすべての人を「わたしのもとに引き寄せよう」と宣言される。私たちは主の十字架の愛に引き寄せられ、主と共に歩む者とされるのである。

この時の「引き寄せる」は磁石が引き寄せる時に用いる言葉である。ゆえに主イエスは「マーベラス・マグネット」(すばらしい不思議な磁石)とも呼ばれる。十字架の主はすべての人を引き寄せる磁石である。この時、主イエスに引き寄せられた者の姿を思う。磁石に引き寄せられた鉄のクリップは自ら磁力を帯びて他のクリップを引き寄せる。主に引き寄せられた私たちも磁力を帯びて、主イエスの十字架の愛を伝え、隣人と繋がるのである。

主イエスはそのことを光の子として歩むことだと言う。私たちは十字架の愛の光に照らされて、その光を輝かす光の子となる。今や、光と闇が分けられ、闇の力は十字架の主によって追放された。十字架の主イエスに引き寄せられた者として、光の子として歩もう。

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