礼拝説教要約「人間を回復させる主」(2024/1/14)を掲載しました

担当   熊江秀一牧師

■聖書箇所(新共同訳)
  
  マルコによる福音書 5章1節~20節   詩編 46章1節~12節

■説教要約

 ガリラヤ湖を横断していた主イエス一行の舟は、ゲラサ人の地方に到着した。すると「汚れた霊に取りつかれた人」でやって来た。彼は墓場に隔離され、手足を足枷や鎖で縛られて人との交わりを断たれ、石で自分を打ち叩く自虐的な状態にあった。悪霊とは人間の愛の関係を崩壊させる。彼は隣人との愛の関係も、自分に対する愛も奪われ、人間らしさを失っていた。

 この悪霊の名は「レギオン」であった。それはローマの軍隊の名である。人間性を破壊する軍隊と悪霊が同一視されていることは興味深い。悪霊は私たちにとって身近であり、その力にさらされていることを忘れてはならない。

 しかしそんな私たちを主イエスは愛し、救って下さる。このゲラサ人は主イエスとの出会いによって、悪霊の支配から解放され、いやしを与えられ、人間らしさを回復した。

 主イエスは「一緒に行きたい」と願うこの人に言う。「自分の家に帰りなさい。そして身内の人に、主があなたを憐れみ、あなたにしてくださったことをことごとく知らせなさい」。

主はこの人が愛の中で人間らしく生き、そこで証しに生きるように命じた。そしてこの人は主の御業を「言い広め(宣教し)始めた」。この救われた人は十二弟子の派遣よりも前に、宣教の為に遣わされたのである。この物語は私たちの物語でもある。

 この時、この人が救われ、生きるために豚2千匹が犠牲になった。ここには主の十字架が暗示されている。私たちが救われ、生きるためには主イエス・キリストの十字架の犠牲が必要である。

 今日、私たち一人一人がこの主の犠牲によって、罪赦され、人間性を回復し、命をいただいていることを心に刻み、このゲラサ人のように、私たちも主に遣わされて証し人として歩もう。



 



 



  



 

  

 

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