パウロの祈り(2022/2/27)熊江秀一牧師

■聖書個所:
エフェソの信徒への手紙1章15~23節、詩編51編12~15節

■説教要約:
パウロは賛美に続いて、今日の箇所で祈りを捧げる。
まずパウロは教会の信仰と愛の姿を喜び、感謝の祈りを捧げる(15~16節)。この信仰と愛の姿は教会が生きていることを示し、この世に対する証しとなる。
この感謝から、パウロはさらに執り成しの祈りを捧げる(17~18節前半)。教会とはどんな時にも、祈りを絶やしてはいけない。「知恵と啓示の霊」を与えられ「神を深く知り」「心の目を開いて」いただくように祈り続けることが大切である。「心の目を開く」は、聖霊によって光を与えられ、見えなかったものを見させていただくことである。
それによって希望が与えられると言う。ここで三つ、パウロは希望の姿を語る(18節後半~19節)。一つは、今与えられている希望。神の招きの希望である。二つ目は将来の希望。キリスト者が受け継ぐものに対する希望である。私たちは神の国を受け継ぐことが約束されている。三つ目は希望の源。神の力を悟ることである。それは十字架のキリストを復活させた神の力である。その力は今、私たちにも働いている。死に打ち勝つ希望が、どんな罪や悪の力にも勝利する希望が私たちに与えられているということである。
キリストは神の力によって神の右の座に着き、世界の王として、時間や空間を越えた宇宙の王として、すべてをすべ治めておられる(20~21節)。この方に希望がある。
そしてキリストは教会の頭として私たちをご自分のからだである教会に導き、養われる。その部分である私たちはすみずみに、神の愛と神の力を満たしていただける(22~23節)。
このパウロの祈りを、私たちの祈りとしよう。教会に招かれた恵みを喜び、信仰と愛に生き、希望にあふれて、福音を宣べ伝えて歩んでいこう。

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