礼拝説教要約「平和の王」(2023/12/31)を掲載しました

担当   甲賀正彦伝道師

■聖書箇所
  
  ガラテヤの信徒への手紙 3章26節~4章7節   イザヤ書 11章1節~10節

■説教要約

 

 クリスマスは終わっていません。始まりです。世界は変り始めたのです。ギリシアとローマの文化が発展した時代、ユダヤ人が長く律法の囚となっていた時代、イエス様は永遠から遣わされ、人として生まれ、割礼を受け、十戒を守り、礼拝を守り、過越の祭りを祝いました。律法を破った民が受けるべき呪いを身に受け、十字架上で死なれました。死ぬために遣わされたのです。

 神様はイエス様の十字架と復活を通して私たちを御自分の子とされ、次に聖霊を遣わして私たちが神様の子であることを知らせます。「アッバ、父よ」と最も激しい感情を込めて叫ぶとき、私たちが本当に神様の子であることを知ります。

 讃美歌289番「みどりもふかき」はイエス様の人性を強調した珍しい歌です。多くの讃美歌は神性を強調するのです。人性を強調すると、かわいいイエス様、ハンサムなイエス様など、消費されるアイドルのように捉えられ、イエス様の大きさと永遠が見えなくなるからです。イエス様はまことの人であり、まことの神です。神様50%、人間50%ではありません。どちらも100%です。人間のかたちをとった受肉された神です。見ることのできない神が、見ることのできる神となりました。神様が私たちの近くに来られ、苦しさと貧しさを知ってくださった、讃美歌289番はその喜びを歌っています。

 しかも、この方は王、それも平和の王です。お金も持たず、家も持たない、低く貧しく生まれた従順の王。戦いのときには自ら前線に出て身代わりの死をとげる王です。この方が先頭ならば安心して「み足のあとを」たどることができます。そのような方が与えられた。それがクリスマスです。



 



 



  



 

  

 

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