礼拝説教要約「あなたを招くために」(2023/9/10)を掲載しました

担当   熊江秀一牧師

■聖書箇所
  
  マルコによる福音書 2章13~17節   詩編 14章1~7節

■説教要約

徴税人レビはローマから委託され税金を取る仕事をしていた。彼は罪人と見なされていた。祭司の家系、レビ族出身であるにもかかわらず会堂から締め出されていた。

主イエスは「収税所に座っている」レビを「見かけた」(原文「見た」)。主はレビの心の奥深くまで見つめた。レビは一度もあったことがない愛のまなざしに出会った。

「わたしに従いなさい」。レビはこの主の言葉によって「立ち上がって主に従った」。それまでの古い自分を捨てて新しく歩み始めた。

 レビは喜びの中、宴会を開いた。それは「徴税人や罪人も主の弟子たちも同席する」大宴会だった。レビはおそらく町に出て人々を招いたのであろう。レビは主のために自分の家を開放し、喜びを分かちあうために人々を招いた。そのために家と富をささげた。レビは神と民を結ぶ祭司の務めを思いもよらぬ姿で再現した。

しかしファリサイ派の律法学者はこの宴会を快く思わなかった。彼らは罪人と同席する主イエスがゆるせなかった。

 そんな彼らに主は宣言した。「医者を必要とするのは、丈夫な人ではなく病人である。私が来たのは、正しい人を招くためではなく、罪人を招くためである」。神の救いとは罪人たちを招いて、救い出すことである。そのために主イエスは来られた。

律法学者たちは誰よりも努力した。しかし知らず知らずに「的外れ」(罪)となってしまった。  主はそんな私たちに神の御心を示す目指す的になって下さった。しかもそれは私たちの罪を明らかにする的(標的)でもあった。主は私たちの罪の毒矢を受け十字架で死なれた。主は十字架によって私たちに罪を知らせ、あがないとなり、神の救いを実現して下さった。
その主が私たちを招かれる。この主の招きに応えよう。


 



 



  



 

  

 

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