解放のとき(2022/1/30)甲賀正彦神学生

■聖書箇所:
ルカによる福音書19章1節~10節、レビ記25章8節~13節

■説教要約:
ザアカイさん。彼は「徴税人の頭」であり「金持ち」でしたが、孤独の人でした。町の人々とは険悪な関係です。協力者はいません。彼は木の上で孤立しています。そこで、イエス様は呼ぶのです。「さあ、そこから降りよう、孤独は終わりにしよう、今日はあなたの家で楽しく食べて過ごそう!」。イエス様は彼の孤独の世界に入ってきます。そして最後まで付き合ってくださいます。付き合うどころか、彼の身代わりになって死ぬ、先に復活して、待っていてくださる方です。「人の子は必ず苦しみを受け、排斥されることになっている。殺され、復活することになっている。今日はあなたの家に泊まることになっている」揺るがない計画があるのです。だからザアカイさん、安心して楽しい夜を過ごしました。すると彼は、隣人たちに酷い徴税をして来たことに気付くのです。罪の告白でした。そして償いの約束をしました。それは貧しい人の借金からの解放であり、ザアカイさんの孤独からの解放でありました。
さて、「今日は、ぜひあなたの家に泊まりたい。」私たちはどう答えるでしょう?「ムリです、準備できていません。あなたのようなお方をお迎えできる家ではありません!」もし、そう答えたら、イエス様はなんて言うでしょう?「準備なんか要らないよ。気にしなくて良いよ」そう言ってくださいます。だって、この方は馬小屋で生まれ、飼い葉桶に寝かされ、大工として社会の底辺を歩まれた方です。罪人とも楽しく食事された方です。人の悲しさをよくご存じの方です。イエス様のご訪問をお断りする理由はありません。それは私たちの解放のときです。孤独から、他人の評価から、自己評価から、見栄から、なによりも返済不能になってしまった罪から、解放されるときなのです。

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