良い知らせを伝える者(2021/8/15)熊江秀一牧師

■聖書箇所:
ローマの信徒への手紙10章14~21節
イザヤ書52章7~10節

■説教要約:
「信仰は聞くことにより、しかも、キリストの言葉を聞くことによって始まる」。プロテスタント教会は、パウロの語るように、御言葉(福音の説教)を聞くことを何よりも大切にしてきた。コロナ禍の今、その恵みを実感する。
しかもこの信仰の道は、神が備えて下さった。神が伝道者を遣わし、御言葉を宣べ伝え、私たちは御言葉を聞き、信じ、主を呼び求める。私たちもその中で信仰に導かれた。
パウロはそれを「美しい」と呼ぶ。「いかに美しいことか、山々を行き巡り、良い知らせを伝える者の足は」(イザヤ52:7)。「美しい」は「よい時」という意味を持つ。神は、私たち一人一人に、時を備えて、福音を届ける。
しかもその御言葉は「世界の果てにまで及ぶ」(詩編19:5)と言う。その御業は美しい。
しかしパウロは言う。すべての人がこの福音に従ったのではない。そしてイザヤ書53章を引用する。十字架で殺された男を、救い主と信じることができなかった。それがイスラエルの姿であった。彼らも福音を聞きた。しかしそれに従うことができなかった。このことは私たちにも常に問われている。
しかもその時、イスラエルの民は、ねたみと怒りにあふれた。福音が異邦人に救いをもたらすことを告げるからである。それも神のご計画だった(申命記32:21)。それによって異邦人が救われることになった(イザヤ65:1)。
しかしそれで終わらない。「わたしは、不従順で反抗する民に、一日中手を差し伸べた」(イザヤ65:2)。神は聞き従わない民に、手を差し伸べつつ、救いの道を示し続けた。
このイザヤの御言葉はイエス・キリストによって実現した。神の救いの美しさはキリストにある。御言葉に聞き従う信仰の道を共に歩もう。

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