神の恵みはキリストにおいて(2022/2/13)熊江秀一牧師

■聖書箇所:
エフェソの信徒への手紙1章1~6節、エゼキエル書16章9~15節
■説教要約:
エフェソ書は伝統的にパウロの獄中書簡と呼ばれた。近年は異論を唱える人もいるが、彼が死を前にして、これまでの集大成として「教会とは何か」を壮大な視点で語ったと理解したい。
パウロは「ほめえたたえよ、主イエス・キリストの父である神」(原文の頭)と頌栄を歌う。教会とは神をほめたたえる群れである。しかし私たちはそのことをすぐに忘れてしまう。エゼキエル書のエルサレムのように、神の恵みに感謝することなく、自分で手に入れたように思い上がり、驕り高ぶる。しかしすべてのものは神が与えて下さった。そのことを忘れてはならない。
しかも神はこの世の恵みを越え「キリストにおいて天のあらゆる祝福で満たしてくださる」。私たちが想像もできないほどの恵みである。教会は「天のあらゆる祝福で満たしてくださる」キリストの神をほめたたえるのである。
パウロはその後、この神の恵みを三つの姿で語り、賛美を歌う。「父なる神の選び」「御子キリストによる救い」「聖霊による証印」である。
これらをつなげるのが「エン・ クリスト」(「キリストにおいて」等)である。私たちの救いの道である、父なる神による選びも、十字架のあがないも、聖霊の導きも、すべてキリストおいて実現された神の救いである。
すべての恵みがキリストにある。キリストの恵み(十字架と復活)は罪のゆるしから広がり、私たちの生活すべてを包み、全世界、宇宙をも包み込む大きな恵みとして広がっている。
神は私たちを「天地創造の前に」すでに「キリストにおいてお選びになり」、「キリストによって神の子にしようと」「お定めになった」。神がキリストにおいて与えたこの「輝かしい恵み」をほめたたえよう。

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