礼拝説教要約「神の前での家族」(2022/8/7)を掲載しました

担当   熊江秀一牧師

■聖書箇所

エフェソの信徒への手紙 6章1~9節   出エジプト記 20章12~17節

■説教要約

 家庭生活への勧めの後半が与えられた。この勧めも「キリストに対する畏れを持って、互いに仕え合いなさい」が土台となる。

 まず子供には「両親に従いなさい」と勧められる。それは「主に結ばれている者として」「正しいこと」である。その根拠は十戒の「父母を敬え」神が与えた約束を伴う最初の掟である。すべての親子は神の前に、神のご計画によって立てられている。ここに私たちの幸いと命の道がある。

 親に対しては「子供を怒らせてはなりません」と命じる。私たちはこの世の価値観に子供を押し込めようとしてしまう。しかし主の御心は「主がしつけ諭されるように」愛を学び、子供が命に生きることである。主が私たちと向き合い、並び、また十字架の道を歩んで神に従う姿を示されたように、子育てに仕えたい。

 主人と僕への勧めは奴隷制度を奨励する教えとして利用されてきた。しかしこの勧めは奴隷の人権の確立と奴隷解放にもつながっていった。奴隷には、キリストの奴隷であることが教えられる。主人への盲従ではなく、主の御心をまず求めて、主人に仕えるのである。旧約のヨセフやダニエルにその姿を見る。彼らは神の御心に背くことには従わなかった。しかし王に信頼され大臣となった。

 主人には奴隷に対して同じ立場で接するように勧める。同じ主がおられるからである。フィレモンへの手紙の奴隷オネシモに対するパウロの配慮と主人フィレモンの信仰を思う。主人と僕の関係は今、経営者と労働者、上司と部下等、社会の様々な人間関係の勧めとして語りかける。

  神の恵みの中ですべての関係は祝福される。そこに平和の道、命の道がある。親も子も、妻も夫も、主人も僕も神の前に共に立ち、祈り、仕えて歩もう。

  

 

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