礼拝説教要約「神の前での夫婦」(2022/7/31)を掲載しました

担当   熊江秀一牧師

■聖書箇所

エフェソの信徒への手紙 5章21~33節   創世記 2章18~25節

■説教要約

 当時の教会は家を中心とした共同体であった。パウロは教会の基盤である家庭がキリストの愛と信仰によることを示し、勧めを語る。

 まずパウロは「キリストに対する畏れをもって、互いに仕え合いなさい」と語る。この御言葉は夫婦をはじめ、すべての家庭生活の土台となる。

 キリストを畏れるとは、主を礼拝し、日々、主の恵みを数えて生きることである。「キリストがこの家のかしら、食事毎の見えざる客、すべての会話の静かな聞き手」(古い信仰の詩)。その心で互いに仕え合うのである。

  今日の箇所は夫婦関係が勧められる。当時の社会は男性中心だった。その時代にあって、パウロは、キリストに対する畏れを持って、夫婦が神の前に互いに仕え合うことを勧めた。

  ここで夫と妻がキリストと教会に例えられる。これはそのまま当てはめるのではなく、その時々に夫と妻を入れ替えることが大切である。夫と妻は、その時々に応じて主導し、互いに仕え合うのである。

  パウロはその時、「主に仕えるように」仕え合うことを、「キリストが教会を愛し、ご自身をお与えになったように」愛し合うことを勧める。この愛は神の愛(アガペ)である。私たちの現実は神の愛から程遠く、もろく弱い。しかし神を畏れ敬い、祈りつつ歩む中で、私たちの乏しい愛が、キリストの愛に満たされてゆく。結婚式はそのスタートの時である。
そして「自分のからだのように」愛する。喜びも悲しみも苦難も共に分かち合い、一つの体となる夫婦の姿である。

  パウロは創世記の言葉を引用して、結婚を「神秘」だと語り、キリストと教会の間の偉大な神秘を示すと言う。キリストと教会の間の神秘の中で、キリストに対する畏れを持って、一つ体となる恵みに生きよう。

  

 

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