礼拝説教要約「新しい天と新しい土地」(2022/05/15)熊江秀一牧師

■聖書箇所

ヨハネの黙示録21章1~7節 詩編23章1~6節

■説教要約

永眠者記念礼拝にヨハネ黙示録21章が与えられた。ここで神の国の恵みと完成が「新しい天と新しい地」の到来として語られる。それは豊かな花嫁である「新しいエルサレム」が用意を整えて、貧しい新郎である私たちのもとに下って来る姿である。神の国は私たちの罪や弱さにもかかわらず、恵みとして与えられ、すべてが「新しく」なる。この「新しく」はやがて古くなってしまう新しさ(ネオス)ではない。決して古くなることのない質的な新しさ(カイノス)である。

この神の国の新しさは遠いかなたの出来事ではない。神の国はやがて完成するという未来の一面もあるが、同時にそれはすでに始まっている。主イエスがこの世に来て、十字架と復活を成し遂げて下さったことで神の国はすでに始まっている。そして今、完成する時に向かって歩んでいる。

この神の国の恵みは「神の幕屋が人の間にあって、神が人と共に住み、人は神の民となる」「もはや死はなく、もはや悲しみも嘆きも労苦もない。最初のものは過ぎ去った」と宣言される。罪が力をふるうこの世の現実にあっても、神の国の恵みに生きる者は、この希望に生きる。だからキリストにあって死は終わりでない。キリストが死に勝利されたからこそ、死は永遠の始まりである。天にある先達も、この神の国の希望にある。私たちは神の国が完成する時、そこで再会する。

「主は羊飼い、私には何も欠けることがない。死の陰の谷を行く時もわたしは災いを恐れない。あなたが私と共にいて下さる」(詩編23編)。羊飼いなる主に導かれ、今や天に帰られた先達たちの信仰を思い起こし、先達に続いて、神の国の希望を持って歩もう。「事は成就した。私は初めであり、終わりである」。

 

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