礼拝説教要約「命の言」(2022/9/18)を掲載しました

担当   熊江秀一牧師

■聖書箇所

ヨハネの手紙一 1章1~4節   創世記 1章1~5節

■説教要約

 ヨハネの手紙一は、ヨハネの教会の中で起こった異端に対して書かれた。
それはキリストの受肉を否定し、十字架を軽んじるグノーシスである。
その教えに対して正しい福音を明らかに示すために書かれた。

 この手紙の序は、ヨハネ福音書や創世記の冒頭を思い起こさせる。神の言による天地創造と命の創造である。この神の言は人となった。それがイエス・キリストである。

 ヨハネの手紙はこの「命の言」であるキリストを「伝える」ために書かれた。しかもそれは「わたしたちが聞いたもの、目で見たもの、よく見て、手で触れたもの」だと宣言される。人となられた主イエスは私たちの五感すべてで出会って下さった。それは主と弟子たちの交わりであり、今に続く説教や聖礼典等の礼拝、そしてキリストの体である教会を通しての交わりである。教会はそのことを「証しし、伝える」群れである。

「命の言」を「伝える」ことは、父なる神と御子キリストと私たちの「交わり」に生きるためである。その時「喜びが満ちあふれる」。ここに伝道の目的がある。

 この「交わり」はコイノニアである。教会の交わりを示すコイノニアには、三つの姿が込められる。一つは「あずかる」。福音の恵みに共にあずかるという意味である。具体的には礼拝による交わりである。二つ目は、受けた恵みを「分かち合う」ことである。その時、恵みは倍になり、喜びも倍になる。三つ目は福音のために「協力する」。命の言を証しし、伝えるために、協力する。祈りが、奉仕が、捧げ物が、福音のために協力するコイノニアの姿である。
 大宮教会も「命の言」キリストを聞き、見、手で触れる群れとして、共に交わり、コイノニアとして歩もう。そして先達たちから伝えらえた命の言を、伝える使命に生きよう。

  

 

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