礼拝説教要約「キリストの愛を知る」(2022/05/01)熊江秀一牧師

■聖書個所

詩編36:6~10/エフェソの信徒への手紙3:14~21

 パウロの執り成しの祈りが与えられた。この時パウロは「ひざまずいて」祈った。普通、ユダヤ人は立って祈った。この時、パウロは愛する教会とその群れに対する切実な思いと共に執り成しの祈りをささげた。

 このパウロの祈りは、教会がキリストの愛の中で強められ、満たされてゆくようにとの祈りであった。

 パウロはまず父なる神が、あなたがたの「内なる人」を強めて下さるようにと祈った。私たちは「外なる人」のことばかりを祈る。それは、外見や体の健康、地位や名声、生活の安定とも言い換えられる。確かにそれらも大切な神の恵みである。しかしパウロはまず「内なる人」が強められるようにと執り成した。そこに私たちの祝福の道がある。

 しかし私たちは「内なる人」を強めることは、自分の力ではできない。だからパウロは聖霊の助けを祈る。聖霊によって、キリストは私たちのただ中に住まわれる。私たちはこの恵みを受ける信仰に生きる。「信仰によってあなたがたの心の内にキリストを住まわせ、あなたがたを愛に根差し、愛にしっかりと立つ者として下さるように」。

 そしてそのためにパウロはキリストの愛の「広さ」「長さ」「高さ」「深さ」を「理解し」「知る」ようにと祈る。キリストは十字架から四方向に広がる無限の愛をもって私たちを愛して下さる。このキリストによって「人の知識をはるかに越えるこの愛を知るようになり」「神の満ちあふれる豊かさのすべてにあずかり」「満たされる」。この「満たされる」ということがこの手紙の大切なテーマである。

 パウロは教会のために、キリストの愛で「満たされるように」と神の前にひざまずいて祈り、真剣に執り成した。この祈りを私たちの祈りとしよう。

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