礼拝説教要約「キリストに向かっての成長」(2022/05/29)を掲載しました

 担当  熊江秀一牧師

■聖書箇所

エフェソの信徒への手紙 4章7~16節  詩編 68章18~21節

■説教要約

パウロは教会の一致の中での一人一人の姿を告げる。それは画一化されることなく、一人一人が活かされ、キリストの体(教会)を造り上げ、成長する姿である。

まずパウロは「わたしたち一人一人に、キリストの賜物のはかりに従って」恵みの賜物が与えられたと告げる。賜物は一人一人違う。しかしすべてキリストによる恵みの賜物である。しかもキリストはこの賜物を私たちに与えるために、低く降られ、高く昇られた。私たちに与えられた賜物は主の十字架と復活による賜物である。

しかし私たちはこの賜物を自分の繁栄や成功のために用いてしまいがちである。そんな私たちのために神は御言葉の奉仕者を与えた。私たちは御言葉に養われつつ賜物を用いることが大切である。

 こうして一人一人は整えられ、奉仕者とされ、キリストの体を造り上げてゆく。そしてその歩みの中で、私たち一人一人が「キリストの豊かさになるまで成長し」「成熟した人間」となってゆく。「教会が成長すれば、私も成長する」(一信徒の証し)。

「成熟した人間」(全き人とも訳せる)は決して完全無欠な人になることではない。キリストがその人の中に大きくなってゆくことである。マリアが「私の魂は主をあがめ」と歌ったように。

私たちの現実は「人間の変わりやすい教えに」 左右されやすい「未熟な」現実である。しかし御言葉に養われる中で、奉仕の喜びを知る中で、教会を形づくる働きの中で、キリストは次第に大きくなる。そしてキリストの愛が私の心の奥深くまで根差して、神の真理を語らせて下さる。

 ペンテコステを前に、私たち大宮教会が頭なるキリストに導かれ、キリストに向かって成長してゆけるように共に聖霊を祈り求めよう。

 

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