信仰による義(2021/1/31) 熊江秀一牧師

「信仰による義」

ヨブ記19章23~27節/ローマの信徒への手紙3章21~31節

熊江秀一牧師

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ローマ書は第二部に入り、パウロはそれまでの人の罪の指摘から、神の義の宣言を語り始める。「イエス・キリストを信じることにより、信じる者すべてに与えられる神の義」(22節)である。ルターはこのローマ書を通して、神の義とは罪人を裁く義ではなく、信仰によって罪人を赦す義であることを示され、宗教改革となった。ここにプロテスタント教会の原点がある。

 それでは信仰とは何か。「イエス・キリストを信じることにより」と訳されているように、私たちの側のキリストへの信心が、信仰であると思われてきた。その通りである。しかし私たちは自分の信仰の弱さも思う。もし信仰による義が、キリストに対するしっかりとした信心が必要だとしたら、私たちの救いは遠い。

「イエス・キリストを信じる」の直訳は「イエス・キリストの信仰」である。これは私たちの信仰という意味と共に、キリストご自身の信仰という意味も含まれる。むしろそちらの意味が強い。共同訳聖書では「神の義は、イエス・キリストの真実によって、信じる者すべてに現わされたのです」と訳された。神の義はキリストを信じるから与えられるのではなく、キリストの信仰(真実)によって、信じる者に与えられるのである。私たちの信仰を強め、救いを与えるのはキリストの真実である。

キリストの真実とは、神の救いのご計画に従い続け、同時に私たち罪人を最後まで愛し続けた真実である。

 このキリストの真実の前に、私たちは人のどんな誇りも誇ることができない。私たちはただキリストの真実の前に謙虚になり、感謝と共に恵みを受けるのみである。キリストによって実現した神の義を見上げ、ひたすら謙虚に信仰の道を歩もう。

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