主よ、憐れんでください(2020/04/26 高橋真之伝道師)*説教音声あり

「主よ、憐れんでください」イザヤ書42章5節~9節/マタイによる福音書9章27節~31節

高橋真之伝道師

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イエス様によって癒され、目が見えるようになった二人の盲人の箇所が与えられました。

この物語の舞台となったのは、カファルナウムという町でした。この町には、イエス様が病を癒されるお方だ、といううわさが広がっていました。そのことを聞き付けたのでしょうか、イエス様に二人の盲人が叫ぶのです。「ダビデの子よ、わたしを憐れんでください。」

そんな二人にイエス様は問われます。「わたしに出来ると信じるのか?」と。信仰が問われていることに気づかされます。はたしてこの二人の盲人の信仰はどうであったでしょうか。 一見すると、この二人の信仰は見事なもののようにも思えます。なにしろ、目が見えない中必死でイエス様に付いて行っているのですから。でも、この人たちの信仰には少しズレがありました。彼らの信仰は決して強くないのです。むしろ欠けだらけの弱いものだったのです。

しかし、ここで大切なことは、イエス様がその弱い信仰を受け取ってくださったということです。そうしてこの二人の盲人はイエス様によって癒され、目が見えるようになったのです。

この二人が癒されたこと、それは単純に目が見えるようになった、ということではありません。この二人が癒されて真っ先に見たものはイエス様。彼らはこの救いの出来事のただ中にイエス様がおられることを見た。自分の人生のただ中にイエス様がおられることを見た!

私たちもまた目が見えていないのかもしません。目に見えるものに囚われ、自分の人生の主がイエス様であることが分からなくなっているのが私たちではないでしょうか。  だからこそ、私たちもイエス様に目を開いていただきたいと思うのです。そのために必要なのは小さな信仰。この信仰が与えらえるようにと祈りを合わせたいと思います。

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