礼拝説教要約「一人の主に招かれて」(2022/05/08)熊江秀一牧師

■聖書箇所

エフェソの信徒への手紙4章1~6節、申命記6章4~6節

■説教要約

 様々な教会を訪ねて思うことは、教会が一つであることである。教会は違いや異なる考えを越えてキリストにおいて一つの群れであり、一つの体を形作っている。

 パウロは「主の招き」を確信し、それに応えて「ふさわしく歩む」ことを勧める。「一切高ぶることなく」(謙遜に)、「柔和で」、「寛容の心を持ち」「愛を持って忍耐し」「平和のきずなに結ばれて」。これらは人間の努力によって作り出すものではない。キリストが十字架によって実現し、聖霊の実として与えられているものである。

 だからパウロは言う。「霊による一致を保つように務めなさい」。一致はキリストの十字架によって実現し、聖霊によって与えられている。私たちに求められていることは、その一致を保ち、具体的に実を結ぶことである。

 この教会の一致の根拠を、パウロは一つなる恵みの宣言として語る。

 「体は一つ」「霊は一つ」「希望は一つ」「主は一人」「信仰は一つ」「洗礼は一つ」「神は唯一」。違いがあっても、教会は一つの霊に導かれる一つの体として同じ希望に向かう。教会は時代が変わっても、唯一の神に招かれ、一人のキリストに贖われ、一つの霊に導かれ、同じ希望に向かう群れである。

 「主は一人、信仰は一つ、洗礼は一つ」は、古来より洗礼式の時に用いられてきた。私たちは一人の主のもとで、一つの信仰を告白し、一つの洗礼を受け、一つの教会に連なる。

 この一致の恵みの中、最後にパウロは神への賛美を歌う。

 キリストにおいて救いを実現した唯一の神が、すべてのものの上にあり、すべてのものを通して働き、すべてのものの内におられる。この大きな神の恵みの中で、神の招きに応え、一つなる教会で、一つの希望に向かって共に歩もう。

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