すべての人が救われるために(2021/8/1)熊江秀一牧師

■聖書個所
ローマの信徒への手紙10章5~13節
申命記30章11~14節

■説教要約
救いについて語ってきたパウロは、改めて聖書の告げる律法の道と信仰の道について語る。
ユダヤ人は律法に従って歩んできた。しかしパウロは、聖書(律法)にすでに「信仰による義」の道が語られていると言う。
律法に生きるか、信仰に生きるかで、救いの道は全く違う。ユダヤ人たちは律法を完璧に守ることで救いを求めた。しかしどんなに努力しても掟を完全に守りきることはできない。その上、彼らは聖書の最も大切な、神の恵みを見失った。
神の恵みこそが、聖書のメッセージである。しかもパウロは旧約聖書の中にすでにキリストの十字架と復活の福音が証しされ、福音に生きる信仰へと招かれていることを語る。
パウロは申命記30章を引用して「だれが天に上るかと言ってはならない」「だれが底無しの淵に下るかと言ってはならない」と語る。そしてこの律法の書にすでにキリストの十字架と復活の救いが証しされていると語る。その上で「御言葉はあなたの近くにあり、あなたの口、あなたの心にある」と引用して、これが「わたしたちが宣べ伝えている信仰の言葉なのです」と宣言する。
この申命記の言葉はキリストによって実現した。「御言葉」は人となられた神の言葉キリストである。
パウロはこのキリストの十字架と復活を「心で信じ」「口で公に言い表して救われる」と宣言する。私たちの信仰は教会の群れで告白する信仰である。
この主の恵みはすべての人に及ぶ。「主の名を呼び求める者はだれでも救われる」。ヨエル書のペンテコステの預言からの引用である。すべての人に福音を宣べ伝えるために、主の弟子に聖霊が注がれる。
平和聖日に主の平和を祈りつつ、福音を携えて、共に遣わされよう。

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