霊に従う新しい生き方(2021/5/2)熊江秀一牧師
ローマの信徒への手紙7章1~6節、詩編51編7~15節
パウロは、罪に死んで、キリストと共に生きる者となった私たちは、律法に対しても死んだ者となり、新しい生き方をするようになったと教える。イスラエルの民は律法に従うことで、よき実をみのらせることを求めた。しかし彼らは、律法によって明らかにされた罪の力によって、かえって律法に縛られ、死に至る実を結ぶようになった。 律法は神が人に与えて下さった命の掟である。しかし彼らはその字面を守ることに心奪われ、神と人を愛することを、自分の罪を悔いることを見失った。 私たちは律法を持たない。しかしこの姿は私たちの姿でもある。私たちもこの世うわべに心奪われ、自力で救いを得ようとしているのではないか。
しかし律法に支配され、罪の支配下にある時代はもう終わった。キリストの到来によって、今や、罪と律法から解放された新しい時が始まった。パウロは律法からの解放を示すために、律法の最も身近な夫婦の掟を用いる。すなわち夫の死後は掟から解放されるように、律法に対して死んだ私たちは、律法から解放され、キリストの体に結ばれる者となったと宣言する。 これは洗礼の恵みである。キリストと結ばれた私たちは、自由が与えられ「神に対して実を結ぶ」者となった。今や信仰の実を、愛と祈りの実を結ぶ新しい生活が始まった。その行きつくところは「永遠の命」の実である。
この実を結ぶ生活は「霊に従う新しい生き方」である。それは文字や見えるものに従う古い生き方ではなく、見えない神の愛と恵みに生きる生き方である。「神よ、わたしの内に清い心を創造し、新しく確かな霊を授けて下さい」。このダビデの祈りはキリストによって実現した。この新しい生き方を共に歩もう。