礼拝説教要約「高い山の上で」 (2025/3/30)を掲載しました

担当   甲賀正彦牧師

■聖書箇所(聖書協会共同訳)
  
  マタイによる福音書 17章1~13節   出エジプト記 24章3節~11節
  
 山でイエス様は光り輝き、本来の姿である神様の子の姿を見せました。どんな権力者や王も敵わないイエス様の栄光、その栄光にふさわしい反応はただ一つ、ひれ伏すことです。

 イエス様は教える方であり、癒す方であり、共にいてくださる方ですが、それ以上に、世界の主、世界を創造した神です。活動的なプログラムを進めたり、仮小屋を建てることよりも、礼拝すること。礼拝よりも重要なことはありません。

 山で神様に出会ったモーセが変わったように、私たちも礼拝で変えられます。イエス様の謙遜を見るとき、私たちも謙遜になります。イエス様の大胆さを見ると、私たちも大胆になれます。イエス様が真実を語り、私たちも真実を語る。弟子は師匠を真似て、似てくるのです。イエス様を礼拝するのは、この方が栄光と祝福を受けるにふさわしい方だからですが、礼拝によって私たちが変わるからこそ、私たちは礼拝することができるのです。

 教会は山、見晴らしの良い光の山頂です。そこでイエス様と出会うことができます。ただし、上り坂はきついです。寝不足の場合、朝起きて教会までの坂は急坂になります。または、仕事で忙しい、他のエンターテイメントの魅力に抗えない、など山頂への道は険しくなる一方です。でも、山頂でイエス様は待っておられます。見晴らしの良い山頂で、命の御言葉を聞いて深呼吸すると、今日も登ってよかったと思う。礼拝は喜びなのです。

 讃美歌476番。曲の題は「HYFRYDOL」ウェールズ語です。意味は、嬉しい・心地よい・美しい・綺麗な・素晴らしい・甘美な・リズミカルな、という意味。つまり、喜びの全て、最上級の喜びの言葉です。メロディだけでもそれは伝わります。高い山の上で、喜びの讃美歌を高らかに歌いましょう。

 



  



 

  

 

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