礼拝説教要約「大祭司イエスによる救い」(2026/3/1)を掲載しました 

担当   熊江 秀一 牧師

■聖書箇所(聖書協会共同訳)
  
  ヘブライ人への手紙 2章14~18節  レビ記 16章2~10節 

 受難節の主日に、十字架の苦難によって私たちに救いを成し遂げて下さる大祭司イエスを心に刻もう。

大祭司は神殿の至聖所に入ることができる唯一の人であった。贖いの日、そこで大祭司は犠牲を捧げて、イスラエルの罪の赦しを祈った。しかしそれでも人間の罪の完全な贖いにはならなかった。むしろ民は罪を重ねて歩んできた。

そんな私たちのために神は大祭司イエスを立てた。その姿が二つの言葉で語られる。一つは「忠実な」大祭司。神に対して忠実であり、それによって完全な贖いを成し遂げることができる。もう一つは「憐れみ深い」大祭司。私たちのことをよく理解し、愛して下さる大祭司である。この大祭司イエスによって神との間に平和が与えられる。

私たちの罪の現実は深刻であった。「死の恐怖のために一生涯、奴隷」となり、「死の力を持つ者、悪魔」に支配されていた。

その私たちのために大祭司イエスは、「ご自分の死によって」、悪魔の支配を「無力にし」、「死の恐怖のために一生涯、奴隷となっていた人々を解放」して下さった。

そしてそのために「あらゆる点できょうだいたちと同じように」なられた。

それは二つの意味を持つ。主イエスが私たちと同じ血と肉と持つ者となられたということ。さらに主イエスが私たちと同じ経験をされたということ。
 大祭司イエスは私たち人間と同じ肉と血を持ち、私たちが経験する試練のすべてを知って、とりなして下さった。そして十字架によるご自分の死によって、悪魔に勝利され、罪と死を滅ぼした。大祭司イエスによって、私たちは死の恐怖から解放され、平和が与えられる。しかもこのお方は復活する。

十字架の苦難によって救いを成し遂げて下さる大祭司イエスの救いの恵みを心に刻もう。

 



  



 

  

 

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