礼拝説教要約「主が共に働かれる新年」(2026/1/4)を掲載しました
担当 熊江 秀一 牧師
■聖書箇所(聖書協会共同訳)
マルコによる福音書 16章19~20節 詩編 139章1~18節
新年礼拝にマルコ福音書の最後の箇所が与えられた。元旦礼拝に読んだ弟子の派遣に続く、主の昇天と結びである。それは今に至る教会の歴史でもある。
まず主の昇天が記される。それは主イエスが私たちを天の神の御力を持って治めることである。その支配は、時も空間も、生も死も越えた永遠なる支配である。
ここに「主イエス」とある。この呼び方はこれまでのマルコ福音書にもなく、他の福音書にもない。
この結びの箇所は、後の教会が他の福音書を用いてマルコ福音書に付け足した。すなわち4つの福音書を読んだ後の教会が、全ての福音書を通してイエスを礼拝の対象として「主イエス」と呼んだのである。
そして教会は確信した。主イエスは今、天において、神の御力を持って時も空間も越え、私たちの生も死も越えて、支配しておられる。このお方こそ礼拝すべきお方であると。この確信は私たちの確信である。
そして主のご支配を確信した弟子たちは「出て行って、至るところで福音を宣べ伝えた」。彼らは迫害の中も宣教に仕えた。それは「主が彼らと共に働き」「彼らの語る言葉を確かなものとして下さった」からである。復活の主ご自身が共に働いて「しるしを伴わせる」ことによって、弟子たちの語る言葉を確かにされた。だから弟子たちは宣教に仕えることができた。
それは言い換えれば、主ご自身が生きて働いて福音を宣べ伝えていることである。
「その後、イエスご自身も、東から西まで、彼らを通して、永遠の救いに関する聖なる朽ちることのない福音を広められた。アーメン」
教会はそのことを確信して、今に至るまで宣教に仕えてきた。そしてこれからもこの確信を持って宣教に仕える。
この新年礼拝にこの信仰の希望と確信を持って歩み出そう。

