礼拝説教要約「その日が来れば」(2024/6/16)を掲載しました

担当   甲賀正彦伝道師

■聖書箇所(聖書協会共同訳)
  
  ホセア書 2章16節~25節   コリントの信徒への手紙一 15章8節~11節



 ホセアはゴメルを愛し二人は結婚しました。しかし、ゴメルは浮気する女性でした。ゴメルはホセアをつまらない男と見なしました。そしてゴメル自身も自分をつまらない女と見ました。家庭をもつまらなく見て、家族は崩壊しました。彼女は新しい恋人のところへ行きますが、新しい彼もつまらない男だったようで、彼女は奴隷へと堕ちてしまいました。ホセアは銀170g、大麦195kgの代価を払って、彼女を買い取ります。ホセアはゴメルをまだ愛しているのです。

 まるで、神様から見放された物語のようですが、神様が全ての場におられます。神様はホセアとゴメルの物語を、ご自分とイスラエルの関係に重ね合わせます。イスラエルに裏切られた神様もホセアと同じように傷つき、悲しんでおられるのです。愛する妻に逃げられ、それでもよりを戻そうとする情けない男。父なる神様がそんな情けない男であるはずはない、と怒るイスラエルの民は分かっていないのです。「主なる神様を情けない男にしたのはイスラエル、お前たちだ。情けないのはお前たちの方だ」ホセアは叫んでいるのです。

 ホセアは死に値する妻の罪を保留にし、その代わりに荒れ野へと導きます。荒れ野に追放するのではなく一緒に行くのです。荒れ野からやり直そう、共に苦しもう、と誘うのです。

 そして「その日」が来ます。その日は自然が回復する日。戦争が終わる日。婚約の儀式からやり直す日です。婚約の結納品は「正義・公正・慈しみ・憐れみ」です。ゴメルはどうだったのでしょう。彼女には反省らしい反省の弁がありません。しかし「やがて、あなたは主を知るようになる」。神様は約束してくださいました。神様はゴメルをも作り変えてくださるのです。その日は始まりの日。神様の約束の日は確かに来るのです。



  



 

  

 

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