礼拝説教要約「気をつけて歩もう」 (2025/6/1)を掲載しました

担当   熊江秀一牧師

■聖書箇所(聖書協会共同訳)
  
  マルコによる福音書 13章14~27節   ダニエル書 7章13~14節
  
 今日もマルコの小黙示録が与えられた。この書が告げることは滅びではなく、救いの完成である。そこで芽生えるのは信仰と希望である。

 主は宣言する。「主はご自分のものとして選ばれた人たちのために、その期間(苦難の時)を縮めてくださった」。これは主が救いを与えたという宣言である。その救いは「選ばれた人たち」(教会)に与えられた。そして主の再臨の時、彼らをご自分のもとに集める。だから私たちは主を見上げ、希望をもって福音を宣べ伝える。

 しかし現実は厳しい。この福音書の当時も厳しい現実であった。主の預言の通り、人々はエルサレムの荒廃を経験していた。ユダヤ戦争によるローマ軍の侵攻である。また直接の読み手のローマ教会も皇帝ネロによる大迫害を受けていた。ここで主が預言した苦難は、彼らに実現していた。

 また都への侵攻の時、エルサレム教会の人々は山に逃げたが、逃げずに都に留まるべきだったという疑問があった。

しかし主は預言として宣言する。「その時、ユダヤにいる人々は山に逃げなさい」。主は罪に対する神の裁きの中、悔い改めて生きることを望まれる。

それは天変地異の時もそうである。むしろその時、主は「人の子(主イエス)が大いなる力と栄光を帯びて、雲に乗って来る」。そして「地の果てから天の果てまで、選ばれたものを四方から呼び集める」と宣言する。

だからどんな時も、選ばれた者として希望を持って歩み続けるのである。

「明日、世界が終わろうとも、私は、今日、りんごの木を植える」(ルター)。

  だから私たちは、この御言葉を心に刻み、「偽メシアや偽預言者」に惑わされないように「気をつけて」歩むのである。主による救いの完成を待ち望み、信仰と希望をもって歩もう。

 



  



 

  

 

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