礼拝説教要約「大いなる救い」(2026/2/1)を掲載しました
担当 熊江 秀一 牧師
■聖書箇所(聖書協会共同訳)
ヘブライ人への手紙 2章1~9節 詩編 8章1~10節
終わりの時である今、神は「御子イエスを通して語られました」と告げた説教者は、さらに今日の箇所で「押し流されないように、聞いたことにいっそう注意を払わなければなりません」と勧める。「押し流される」は、舟で押し流される姿が込められる。私たちの信仰生活も真直ぐに進みたいと願っても、誘惑や妨げによって、救いから逸れてしまうことがある。そんな信徒に向かって、御子イエスの言葉を聞き、いっそうの注意を払うように勧める。
2節で説教者は「天使を通して語られた言葉」律法によって、私たちの罪は明らかにされ、その報いが明らかにされると告げる。その私たちが、神の「大きな救い」をないがしろにするならば、だれも罪の報いから逃れることはできないと宣言する。「大きな救い」を受け入れることが何よりも大切である。
この神の「大きな救い」とは御子イエスの十字架と復活による救いである。
説教者は詩編8編を引用してその救いの恵みを告げる。彼は「人の子」を御子イエスと理解し、人の子が低く、その十字架によって天使に劣る者となられたと告げる。それは「すべての人のための死」であり「神の恵み」と宣言する。それによって御子は「栄光と誉れの冠を授けられた」のである。
この「神の恵み」によっては「神なしで」とも訳せる。神なしの死は、御子が神に見捨てられ死んだことを意味する。本来、罪人である私たちが受けるべき絶望と滅びを私たちに代わって受けて下さった。それによって私たちの罪は赦された。だから御子の「神なし」の死は、私たちの「神の恵み」の出来事となる。
私たち信仰者は見ることができる。「栄光と誉れの冠を授けられた」十字架の主のお姿を。そのお方は揺らぐことない。この「大いなる救い」を歩もう。

