礼拝説教要約「本当に自由になる」(2024/1/28)を掲載しました
担当 甲賀正彦伝道師
■聖書箇所(新共同訳)
ヨハネによる福音書 8章31節~36節 ヨブ記 22章21節~28節
教会は「教え」と言う文字がある通り、御言葉を教わり学ぶところです。弟子たちも聴いて学びました。そもそも「弟子」という言葉は「学ぶ人」という意味。先生はイエス様です。
真理とは何か? それはイエス様のことです。この方が教え、私たちを恐れから、自我から、他者から、罪から解放してくださるのです。しかし私たちは「罪の奴隷」でもあります。悪いと分かっていることを続け、自分を傷つけると分かっていながらやってしまう、その結果がどうなるか分かってるのにやってしまうのです。だから、イエス様の元にとどまり、神の家族に入れられ、罪から解放されて本当の自由へと作り変えられるのです。
神様は焦らずに私たちを待っておられます。教会は学校のように期限を3年、4年で区切ったりしません。教会は人生を賭けた最終的な答えを持っているのです。
讃美歌556番「神の賜物を」は学校の卒業式の歌ですが、教会で歌うにもぴったりです。
「喜びわけあった学び舎を去る」。学び舎とは教会です。祝祷と言う名の卒業式で送り出されます。再会は一週間後です。
「私たちは今、異なる道へ」。私たちにはそれぞれ任務、課題、やるべきことが待っています。皆同じ弟子ですが、年齢、性別、立場、それぞれ違うのです。 「教えと愛とを、たずさえていこう」。イエス様の教えと愛をたずさえて、私たちは送り出されます。しかし、私たちは教えと愛の種を蒔くことすらせず、にぎりしめたまま忸怩たる思いで、ここに戻ってまいります。「本当の弟子」失格だと落ち込みながら。でも、戻ってきた私たちに対して、イエス様は「よく帰ってきた」と言って喜んで迎え入れてくださいます。
そして私たちを元気にしてくださいます。第一の糧で私たちを養い、また送り出してくださるのです。