不正な管理人(2019/10/13 乙成仁史神学生)

「不正な管理人」歴代誌上29章14節~17節/ルカによる福音書16章1節~9節

乙成 仁史神学生

イエスが弟子たちにお語りになったこのたとえ話には、とある「金持ち」と、その金持ちの財産を管理する「管理人」が登場する。ある時、金持ちの主人は管理人が無駄遣いをしていると聞きつけ、管理人に対して会計報告の提出を求めた。しかし管理人は、主人に一言も言い訳や弁明をしようとせず、自分が管理人としての仕事を解かれた後の心配をし始める。そして事もあろうに、管理人は主人に借りがある人を呼んで、それぞれの貸しを無断で減らしてあげ、その恩に着せようと試みる。

管理人が行ったことは、まさしく不正に不正を重ねただけであって、まったく反省の影すら見当たらない。しかしイエスは、この不正な管理人の抜け目のないやり方をほめている。この管理人のどこに褒められる理由があったのか。

私たちは神さまからたくさんの賜物を委ねられている。それらの委ねられている賜物は、その与え主のために用いることを望んでおられる。お金や権力を信仰したり、自分だけを愛するために委ねられたものではない。私たちがそうとう無駄遣いをしてしまっているある時、突然に会計報告を求められる。

しかし、私たちはあきらめなくていい。たとえ与えられた賜物の無駄遣いをしてしまっていた後でも、最後のチャンスを得るために悪あがきをしたい。なりふり構わず、賜物を自由に使える最期の日まで、抜け目のないやり方で立ち返ればいい。イエスはこんな私たちを友とし、永遠の住まいに迎え入れてくださる。私たちに委ねられている賜物を用いて隣人の重荷を軽くするとき、イエスは私たちの友となると言われる。

このような私たち罪人をここまでも愛し、救いへと招かれるイエスに感謝し、喜びとしたい。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です